パリにあこがれて



 留学前はパリが嫌いだった。美しいのは認めるが、あの人の冷たさとプライドの高さにはついていけない。

 しかし、Londonに住んでから、なぜかパリに憧れるようになった。Londonでほこりっぽい汚い街を見ていたり、

 ダサい服しか売っておらず、たまにはおしゃれしてみたい、おいしいものが食べたいとストレスがたまり、洗練されたパリを欲するようになった。

 ロンドン〜パリ間は飛行機で1時間。または、ドーバー海峡を海底トンネルでぬける高速列車、ユーロスターで3時間。

 フランスは入国がゆるく、ユーロスターでパリに着いてから、あれよという間にスムーズに出口に抜けてしまい、入国審査がなかったこともあった。

 試験前に、どうしてもパリに行きたい!と我慢できず、日帰りで行き、デパ地下やスーパーでおいしいお惣菜、

 チーズ、クレープの生地などを買いに行ったこともある。

 贅沢…でも学生だと往復65ポンド(約11000円)。パリに行く為にせっせとピアノを教えた、と言っても過言ではない。

 しかしパリにて1番困難なのは、食事。Londonほどアメリカンナイズされておらず、気軽なものを食べたくても、レストランしかないし、

 ちょっとコーヒーを飲みたいだけなのに、カフェに入らないと行けない。食べそこなうこともあった。そんな時いつも助かるのが、マクドナルドだ。

 全世界共通の味だし、リーズナブルで安心できる。せっかくパリに来たのに、もったいないのだが。

 しかしパリの町は看板や建物の色が厳しく規制されていて、マックの看板も白いのでなかなか気づかない。

 今でも忘れられないのは、何気に地下鉄の売店で買ったパンの味。焼きたてのパンを紙に包んでもらい、道で頬張る。

 そのパンのおいしさといったら!Paulという店だったが、やはりパリ在住の友達に聞くと、おいしくて有名らしい。

 そしてナンパもLondonの比じゃない。声を掛けない方が失礼だとか。 日本人だと思ってバカにしているなぁ。

 Hello.でもフランス人はhの発音ができないので、「あろ」に聞こえる。

 ちょっと怖かったのは、バスティーユの新オペラ座にバレエを見に行った時のこと。たまたま行ってみたら、

 有名なバレエダンサーが出ている日で、当日券の販売の時間に並んでチケットをゲット。

 言葉はいつも適当。英語が通じないと「アン、スィル・ヴ・プレ」などと言ってみる。

 安いdistricted of viewの席で素晴らしいバレエを見ることになったのだが、隣の人がちょっかい出してくる。

 バレエを1人で見に来てる男の人ってどういうこと?英語ができるので、適当にしゃべってしまったのがいけなかった。

 夕食を食べそこなったので、休憩時間、ロビーでワインを飲んでいる人を横目に、おいしそうなマカロン(お菓子)を買った。

 それも英語が通じないから、指差して、This one !やっとの思いでソファに座ってマカロンをかぶついていると、例の隣の人がやってきた。

 探していたのか..とぞっとする。さっき愛想よくしてしまったのがまずかったか。どうしても日本人はヘラヘラしてしまう。席に戻っても落ち着かない。

 バレエが終わり、かなり夜遅かったし、カーテンコールの途中で、急いでオペラ座を後にし、地下鉄に掛けこんだ。セーフ!!

 パリはそれほどでもないが、ヨーロッパ諸国で英語ができる人は、地図を持っていると、「英語できるけど、困ってない?大丈夫?」

 と自分からアピールしてくる。親切にバス停まで案内してくれた人もいて、何度も助けられた。

 また、Londonと同じく1人でいると現地人に見えるのか、相変わらず道や時間を聞かれる。しかもフランス語。わかるかいっ!! 

 時間を聞かれて、時計を見せて取られた友達もいたので、それも注意しつつ、Sorry. I can't speak French.

 街は犬の糞が落ちていて、パンとコーヒーの香りと交互にやってくる。しかしパリは美しすぎる。美術館も素晴らしい。(1番好きなのはオルセー) 

 この独特の空気で絵、音楽、詩、芸術が生まれるのも納得できる。イギリスは、エルガー、ブリテンくらいであまり作曲家が生まれなかった。

 確かに創作意欲を掻き立てる街ではない、生活臭の漂う現実的な街、London。

 私の愛するショパンは20歳でポーランドを跡にし、2度と祖国の土を踏むことはなかったが、その作品の多くはパリで生まれた。

 モンマルトルに、ショパンやジョルジュ・サンド、ドラクロワなどが集ったサロンがある。そしてヴァンド−ムのショパンが亡くなった家の前で、

 ショパンよ、生まれてきてくれてありがとう、と心の中でつぶやいた。変な奴かな。

 パリの建物の彫刻はコテコテ。装飾する、加えていく西洋芸術と、いらないものを削ぎ落とす日本の芸術とは考えが正反対である。

 だんだん胸焼けがしてきて、お茶漬けがほしい、日本画が見たい! となってくるのも事実だが。

 人々が、プライド持つのもうなずける。しょうがないか。

 でも同じフランス人でも地方の人とは、かなり違う。トルシエ監督はパリジャンだとか。なるほど…

 そしてパリからLondonに帰るとなぜかいつもほっとしていた。帰りの電車でスナック菓子をポリポリ食べる老夫婦を見て、これよね、これ。

 この気取らない楽ちんなLondonが1番よね! とまるで温泉旅行に行った後、「やれやれ、やっぱり家が1番。」(じゃあ行くなよ..)と言う人みたい。

 それでもまたパリが恋しくなり、先生からHarumiはなぜパリに留学しなかったのかね?と苦笑いされた。




 ☆余談

 誰でも偶然、町や道端で知り合いに会うことがあるだろう。私はわりとそういうことがよくある。ブリュッセルのレストランで友達に会ったこともある。
 でも1番すごいと思ったのが、最後にパリに行った時、大学の同級生に会った事だ。
 それは、改装中だったオランジェリー美術館(モネの作品がたくさんある)が再開された時のこと。さすがに久しぶりの開館ということで並んでいた。
 諦めようと思ったが、30分ほど並んで見る事が出来た。途中、ある絵に見入っていると、後ろから視線を感じる。降り返ると、日本人の女性。
 ん? あれ?今までの記憶を辿る。あー、○○さんだ! 存在さえ忘れていた同級生だ。私の大学は人数が少なく、1クラス7〜8人の授業もざらにあった。
 それだけ密に学べるのだが。
 その7人のキーボードソルフェージュの授業で2年間同じクラスだった子だ。パリに留学中の友達ならわかるが、彼女は日本から来ていた。
 すごいよねー!とお互いに驚いていた。再会を祝し、エッフェル塔に登った。一足も二足も早く社会人となった彼女は、バリバリの関西人に戻っていた。
 その時はあまりにびっくりして、ここで会ったのも何か意味があるのかもね!と言い合っていたが、それ以来会っていない。年賀状の友として続いている。