ラスベガス旅行記    2006/02  

ニューヨークニューヨーク

チョコレートm&m's  楽しいお店

パリス

パリスの美しいトイレ

ホテルベネチアンの中

噴水ショー


美しい夜景

   人によって英気の養い方は違うと思うけど、私の場合は旅行だ。2年ぶりにやっと海外に行くことができた。お馴染み、母と叔母と私のトリオ。

 叔母が某航空会社勤務の為、小さい時から何かとこの3人で旅行に行っていた。

  しかし、今回は始めからつまづいた。福岡発成田行きの飛行機にいよいよ搭乗という時にアナウンスが。「故障箇所が見つかった為、少々お待ち下さい。」

 えーっ!乗り継ぎ間に合うのかしら。でもしっかり故障直してよね。結局別の飛行機が来ることになり、計算すると何とか間に合う模様。

 間に合わない人たちは、羽田行きに乗せられていた。ふぁー、日ごろの行いが悪いのかな。3時間遅れでようやく成田行きに乗ることができた。

 着いたら走らねば!免税店での買い物の時間はなさそう。お化粧品買うつもりだったのにガッカリ・・・

 着くとあわてて出国審査へ。そしてようやくサンフランシスコに飛び立った。

 9時間後、窓から景色が見えた。いつもはお行儀よく並んだ赤い屋根が見えると、あぁやっとイギリスに帰って来た〜、と懐かしさがこみ上げるが、

 ここは海岸線が広がる景色だ。マリナーズのジョーもここのもうちょっと北にいるのね、なんて感動を覚えたりして。

 入国はテロ以降厳しく、聞いてはいたものの、1人にかなりの時間を要する。パスポートを見せると写真を撮られ、まじまじと見比べられた。

 うっ、私の写真23歳当時のものなのよ。そして両手の指紋を取られた。このいたいけな日本人女性が何をするって言うんじゃあと思いながら。

 空港で目に入る英語も、イギリスでは見たことのない表現ばかり。「段差に注意」は Watch your steps. 何じゃそりゃ? 

 イギリスでは定番、 mind the gap!だ。見るものすべてが新鮮に写る。

 そしてラスベガス行きに乗り継ぎ、1時間。赤い山々が見えた。ラスベガスは本来砂漠で、101年前何もなかったところを開拓して街を作ったというのだ。

 さすがアメリカ、やることが違う。母は4年ぶり、叔母は実に25年ぶりのベガス。飛行機を降りると真っ青な空!

 今回はホテルと飛行機のパック旅行の為、現地日本人の女性がお迎えに来てくれた。自力で行くことの多い私達には新鮮で、何と楽ちんなんだ。

 案内の方は親切なのはもちろん、テンションの高さがすごかった。ヨーロッパ在住の日本人は大抵、冷たい印象で、過去のありそうな人が多かった。偏見?

 リムジンに私達と案内の方だけが乗り、ホテルに着いた。年末にホリエモンが豪遊したというゴージャスホテルだ。昼3時だけど眠い・・・

 しかしここで寝てはもったいない。がんばって夜のイルミネーションツアーに参加した。ギラギラだ。電力はどうなってるの?

 宝石箱をひっくり返したような夜景だ。(よくありがちな表現だが、実際にひっくり返った宝石箱は見たことがない。)

 ヘリコプターも飛び交っている。ゴージャス!

 満喫してホテルに帰ると、更にすごい人たちでにぎわっていた。中にはドレスを着てまさにセレブという人も。日本のお金持ちとはケタが違う。

 別世界に来たみたいだ。各ホテルにカジノがあった。しかも24時間営業。一晩で億単位のお金が動いたり、

 ここで悲喜こもごものドラマが繰り広げられているんだなぁ。ルーレットやカードのテーブルで歓声が上がっている。

 ま、私は元手がないので、スッテンテンになることはないけど。明日明日。眠らない街、不夜城ラスベガス。
 
 ぐっすり寝て次の日。またまた抜けるような青空だ。昔、ビバリーヒルズ高校白書というドラマがあったけど、それを思い起こさせる。

 出かけるとさすがに砂漠気候。乾燥していて水が手放せない。少し歩くと、み、水くれという感じになる。

 ラスベガスは各ホテルが各都市を再現している。ニューヨーク、パリ、ベネツィア、エジプト、モナコ。街がまるでテーマパーク。

 小学生の時、最初にディズニーランドに行った時の感動を思い出した。

 ホンモノのベネツィアは、歴史があり、趣きがあり、実は水も匂う。ここのホテルベネツィアの外には同じようにリアルト橋があり、

 中にはベネツィアの街が再現されていて、運河が流れている。ゴンドラが浮かび、船頭さんが歌っている。その歌のうまいこと。

 叔母は、生きていくって大変よねとしみじみ言ったが、私は好きであろう歌を仕事にしてるんだから、幸せじゃないのと思った。

 ホテルパリスの表には凱旋門やエッフェル塔の3分の1の大きさのものが建っている。実に不思議、だって新しいんだもん。

 中もまさにパリの街。でも街独特の匂いも、古い建物のかび臭さも全くない。気に入った!急に生き生きしてきた。結局あんたパリが好きなだけやん、

 と叔母に突っ込まれる。そ、そうかな・・妙に落ち着くのはなぜ? しかし人は全然違う。アメリカ人はやっぱりとてもフレンドリーで解放的。

 この気候も影響しているのだろう。いつも不機嫌で、なぜか怒られているような気にかるパリとは全然違う。大らかになっていく。

 そして太り方のレベルが違う。なかなかヨーロッパではそこまで太い人はいない。横に立ったらお尻小さく見えるかな? と並ぶと滅茶苦茶貧弱日本人。

 オリンピック負けるはずだわ。

 オリンピックといえば、フィギュアスケートが気になって仕方がなかった。その時間、あわててホテルに戻ってテレビをつけた。

 しかし、どのチャンネルもやっていない!!カーリングしかやっていない。ガーン・・・アメリカ人だってメダル争っているのに何でやっていないんだぁ!

 ホテルでは地上波はないらしく、CNNやケーブルばかりだった。でもやはり気になるので、国際電話で父に電話をした。

 すると荒川さんが今のところトップとのこと。おおっ!あと30分してまたかけるねと電話を切った。

 そして再び30分後。スルツカヤの結果待ちだった。金メダル〜!と実況してもらった。留守番の上に実況中継までありがとう。(苦笑)

 結局夜中に録画放送をやっていて、コーエンのインタビューや点数分析も見ることが出来た。

 また街へ出かける。平地にドンドンと建物が建っているので距離感がつかめない。すぐそこに見えているのに隣の建物まで異常に遠い。

 ホテルの玄関までやっと辿り着いたと思ったら、中が広すぎて部屋になかなか着かない。歩きまくってもうヘトヘト。腰がメリメリと音を立てていた。

 もう駄目・・足つぼ押してほしい・・・。するとショッピングセンターの広間のど真ん中に、マッサージが!まさかこんな所に。

 すぐ予約してマッサージしてもらった。アメリカ人のお姉さんの分厚い手が心地よかった。なかなかうまい。アメリカでも流行ってるのかしら。


 アメリカ英語にはなかなか慣れず、あるお店で、$1.89というのが続けて発音される為、9.89に聞こえてしまった。ワネインティーンがナインに聞こえたのだ。

 店員さんから紙に数字を書かれてしまった。数字さえ聞き取れない私って・・・屈辱・・。仕方ないさ、イギリスはドイツ語のような縦割り英語だから。

 しかし、サービスの街だ。おみやげの袋もたくさんくれる。袋を要求すると嫌な顔をされ、6時の閉店前にはお客が出て行くのを、今か今かと待ち構えるヨーロッパとは大違い。 

 やはり日本もアメリカンナイズされているよなぁ、戦後GHQ指導の下、生まれ変わった国だから当たり前か。

 スロットマシーンにははまった。自慢だがモナコでちょっと勝った経験がある。あんたは闘争心がすごいから危険!と言われたが、

 投資額がせいぜい5ドル程度なので、損はしないがそこそこ。くやしいな。
 

 すると午前2時過ぎ、母が最後と言って20ドル投資して数十分。3つマークが揃い、250ドルに!私もその時20ドルが75ドルに増えた。

 ブランドものにはあまり興味がないし、せいぜいレスポのポーチぐらいしか買わないけど、嬉しい。

 翌日は大当たりした母にご馳走してもらった。いいとこはみんなに還元しないとね。さんざんランチを堪能した後は、夜になってもお腹が減らず、

 夕食はパンを買って部屋で食べることにした。パンと紅茶をテイクアウト。すると、お湯とティーパックを渡された。

 お湯!!そう、部屋に湯沸かし器がなく、せっかく日本から持ってきたインスタント春雨スープが食べられなかったのだ。

 このお湯を使おう♪部屋でずるずると春雨をすすった。ここはラスベガス・・・こんな調子で3日が過ぎた。

 帰路

 朝6時過ぎにラスベガス空港に着くと、すでにチェックインに長蛇の列。ディズニーランドのような列はなかなか進まない。結局カウンターまで1時間かかった。

 そして、手荷物チェックでまたまたすごい列。全員靴とジャケットを脱いでチェックするので、かなり時間がかかる。

 やっとの思いで登場口まで着くと、もう乗り込む時間。あわててサンドウィッチほ買う。最後にスロットやりたかったのに。

 そしてロサンゼルスへ。ロスでは今度こそ、空港ライフを楽しみたい♪しか〜し、空港が広すぎて時間がかかる。アメリカ、でかすぎ!

 もう腰が限界。お土産を買う時間が30分しかない。アセアセ...買い終えると予想通り手荷物チェックに長い列。バッタバッタ。

 おまけにまたもや出発は30分遅れ。11時間後成田に着くやいなや、象足を引きずりながら福岡行き乗り継ぎに走った。体力勝負だ。

 他にもいろいろ珍事件はあったが、かなり満喫した。いつまでこんなに自由な旅ができるかわからないけど、やめられない。