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A LONG WAY TO THE WEST 3部作を制作し終えて |
昨年11月の関西遠征の整理を兼ねて

3ヶ月かかった
2005年2月12日「ぬかすなネットTV」の番組「A LONG WAY TO THE WEST」の完結編となる3本目を公開した。
撮影したのは2004年11月初旬だから、番組の完結まで丸3ヶ月かかったことになる。
編集作業にすぐに着手できなかったのには、仕事が忙しかったとか、収録テープが10本近くあったとかいう事
以外に、理由があるような気がする。
編集を始めれば、一気に最後までやってしまうのが私のやり方である。朝から始めて、次の朝が明けるころ、
番組が出来上がる、というように編集に要する時間は、1本あたり多くても20時間程度である。
しかし、今回ばかりは編集作業に入るまでに時間がかかった。
撮影した映像はPCに取り込んではあったが、長い間編集用のソフトを立ち上げる気にすらならなかった。
それ以前に、この遠征のもたらす意味を、自ら受け止めるのに時間がかかってしまった。
それくらい、私にとってインパクトが強い釣行だったのだ。
ボウズなら何回も
別に結果が良くなかったから、という訳ではない。
もちろん、結果が良いに越した事はないが、過去に自分がボウズでも、何本も番組を作ってきている。
遠征したから釣れる、そんな甘いものではないことも良く判っている。
もし、釣果が移動距離で決まるなら、釣り師は地球中を駆け巡るであろう。
しかし、今回のボウズ、特に3日目のボウズは今までと意味が違うように思った。
今まで遠征といっても、釣りをするのは正味1日か2日。
しかも、友人が集まる所を狙って参加するから、大人数で釣る事が多かった。
例えボウズでも、いつもは離れている友人と過ごす時間は、それを忘れさせてくれて
いたということもあるだろう。
今回も初日の御坊はそうだった。
10数人で釣って、2尾。
俺が釣れなくても仕方が無い、そう思った。

名人と「サシ」で
2日目は、永易さんと2人での釣行となった。
幸い、平日で釣り場はガラガラ。
お互い影響しない程度の距離を取りながらの釣りとなった。

事前情報で、二桁は固いと言われていた釣り場で、
永易さんも私も苦戦した。
チヌが積極的に口を使ってくれない。
もしかすると、前日に入れられたダンゴの影響かもしれない。
その悪条件の中で、永易さんはパターンを探り、見つけ、
トータル4枚。
私は最初の偶発的な釣果を、あろうことか取り込み寸前でバラシ。
その後、気持ちは焦るが、ウキを引き込むアタリは見られなかった。
ハワセと詰め
3尾目を釣った後、永易さんが、私の所に来てこう言った。
「ハワセ過ぎです」

永易さん曰く、新しいジャンルの「誤解」とのこと。
今まではアタリを出そうとして、詰め過ぎの人が多かったが、
ハワセ釣りを知る人が多くなって、今度は逆に「ハワセ過ぎ」になる人がいる。
まさに、そのサンプルが私である。
「違和感無く食わす」ことをハワセによって実現しようとする訳だが、
それが、どこかで「ハワセとけば食うだろう」という怠惰な思考にすりかわって
しまったようだ。
釣りとは「流れ」の中での「対応」の技術である。
「変化」が察知できなければ、対応のしようがない。
余談になるが、一般的に皆が聞いて気持ちのいい話は、「プチ成功」の話らしい。
しかし、その「成功」は、流れの中で起こった現象に過ぎないのである。
なぜ、そこでその手を打ったのか、その時の状況と、判断の前提となる
変化の捉え方を正しく理解しなければ、模倣しても意味がない。
なぜなら同じ状況は二度とやってこないから。
永易さんのアドバイスに従って、タナを矢引きほど詰めた(ウキ下を短くした)、
次の一投で、私はチヌを釣った。遠征二日目にしてやっと手にした「プチ成功」だった。
「なんだ、ハワセ過ぎか、詰めれば良かったんだ。」
(少なくとも映像と編集ではそう見える。そこが私の映像表現のつたない所)
しかし、それは永易さんの伝えようとしていたことでは無かったと思う。
永易さんの指示は、「ダンゴの割れが判るように詰めろ」だった。
しかし、私の「詰め」では、まだ、ダンゴの割れはウキに出ていなかった。
次の一投では、あと30センチは詰めよう、と自分でも思っていた。
本当は、その詰めた状態で、海中の状況、魚の寄り加減を察知した上で、
あと30センチ「這わす」というプロセスを経て、チヌを釣らなければならなかったのだと思う。
ところが偶然にも、最初に詰めたタナが、その「釣る」設定に入り、たまたまそこにチヌが居た。
それで釣ってしまったのだ。
設定が判ったにもかかわらず、その後、釣果に結びつかなかったことからも、
私の腕の悪さが判る。
決して釣りにくい釣り場ではなかった。
しかし「詰めた」設定と言っても、潮の流れの方向や早さによって、微妙にタナを変えなければならない。
またダンゴが割れた瞬間に、サシエサが動かない設定を作るのも、私には至難の業だった。
番組にもあったが、タナ・アタリの話は、ダンゴの「圧」を前提としている。
全て「きちんと締まったダンゴが握れている」ことが前提となる。
これも実はちゃんとできているかどうか、疑問である。
周りが暗くなってから釣れた2枚目のチヌは、寝ウキで大きく底を切って、リアクションバイト
によって釣ったチヌで、永易さんから言われた設定ではない。
3日目にその差は明白に
それでもどこかに、「相手は永易さん、名人や」
同じ事が出来なくても仕方がない、という思いがあった。
3日目。その考えの甘さが露呈する。
永易さん、私、バクダンさん、タクパワーさんの順で釣り座をとった。
しかも、私の釣り座は、ちょっと前に永易さんが爆釣したポイント。

時合いになって、私以外の方はいっとき休む間もない程釣れていた。
他人が何尾釣っていたか、申し訳けないが数える余裕は無かった。
数えられない程釣れていた。
しかし、間に入った私だけ、全くアタリなし。
永易さんが見かねて、私の道具・ダンゴ・釣り座で釣りをして見せてくれた。
永易さんの釣りを見ていると、潮が結構早いのに、道糸の修正を全くしない。
「まけさん、不用意に道糸を修正しすぎて、ウキを手前に引っ張ってませんか」
なるほど、そう言われてみればそうかも知れない。
道糸の修正は「リスク」なのだ。
しかし、そうなると潮をはらんだ道糸のテンションが心配だ。
永易さんは、私が思っている以上に、仕掛けへのテンションが高いように見えた。
それは、タナの設定も含めてだが、多分、バランスが取れていて、
ダンゴが割れた瞬間は、サシエサが動かないのだろう。
それよりも、投入した時の仕掛けさばきによって、
できるだけ道糸を修正しないで済む所にウキを置き、道糸をさばいている。
事前準備が万全なら、道糸の修正はやらなくても良い、少なくとも回数は減らせる。
サシエサを引っ張ってしまう「リスク」が減らせるという訳だ。
また、私が意識して行っていた投入時に無理に仕掛けを真っ直ぐにしようとする
動作も、永易さんには全く見られず、やはり仕掛けのナジミという点から、
やめた方がいいと思った。
このあたりの事がきちんとできているかどうかが、釣果の差になって現れたのである。
名人だけではない、他の2人も事も無げに、それをやってのけていると
いう事である。

さらに、ダンゴの握り方も、永易さんとの差がずいぶんあることに気がついた。
私は力で締めようとしているが、永易さんは全く力を入れているように見えない。
さらに、私のダンゴ材を握ってもらったが、同じ材料とは思えないくらい比重があるように
感じた。これが「締め」というものか。
A LONG WAY
3ヶ月も経って、やっと客観的に見れるようになったということだろうか。
今までは、思い出してもくやしいやら情けないやらで、正直言って、
釣行メモにも残したくなかったが、ようやく整理がついた。
しかし、だからといって急に釣りが上手くなる訳ではない。
釣行回数を増やさなければならないが、今年に入ってまだ
竿を出していないというていたらくである。
仕事も釣りも私の人生である。
これからも長い道程が続く。

以上